第10話
料理のルール
東京に進出したフランス料理店「ル・キャナル」を訪れた山岡たち。そこで海原雄山は、伝統的な鴨料理をわさび醤油で食べ、「完成された料理とは何か」をめぐって山岡と激しく対立する。
この回はどんな話?
今回の中心にあるのは、料理には「正しい食べ方」があるのかという問題です。東西新聞文化部の谷村部長、富井副部長、山岡士郎、栗田ゆう子の四人は、東京に新しく進出したフランス料理店「ル・キャナル」に招待されます。
そこへ現れたのが海原雄山です。雄山は店で供された鴨料理について、血や鴨のエキスを使った伝統的なソースより、わさび醤油で食べるほうがうまいと主張します。
ところが議論は、単なる「鴨には何をつけると美味しいか」では終わりません。雄山はさらに、懐石料理はすでに完成されているから自由な解釈の余地がない、と主張します。山岡はそれに反論し、舞台は美食倶楽部へ移ります。
今回の重要ポイント
1|フランス料理にわさび醤油
この回を強烈に印象づけるのが、海原雄山による鴨料理への「わさび醤油」です。フランス料理店で供された伝統料理に対し、別文化の調味料を持ち込むという挑発的な行為です。
2|モデルは北大路魯山人?
雄山の行動には、非常によく似た実話があります。北大路魯山人は著書『魯山人味道』の中で、フランスの名店トゥール・ダルジャンを訪れ、鴨料理に自ら持参した醤油とわさびを使った体験を書いています。
3|「完成した料理」とは何か
雄山は「変更できないこと=完成度の高さ」と考えているように見えます。それに対して山岡は、料理には状況や食べる人によって新しい解釈が存在してもよいのではないか、と反論します。
4|少し変な「リング」
最初に問題になっているのはフランス料理全体ではなく鴨料理です。しかし雄山が比較対象として持ち出すのは個別の日本料理ではなく懐石料理。「一品」と「料理体系」が比較されており、議論のスケールが少し噛み合っていません。
山岡と雄山の論争を整理する
今回の議論には、実は複数の問題が重なっています。
- 料理の一部を別のものに置き換えても成立するか。
- 料理に何かを加えたり引いたりすると完成度は下がるのか。
- 伝統料理を自由にアレンジしてよいのか。
- 異文化の料理にどこまで自分の文化の食べ方を持ち込んでよいのか。
これらは似ていますが、本来は別の問題です。物語の中ではそれぞれが少しずつ混ざっており、この論理的な混線もまた第10話の特徴になっています。
細部から見る第10話
カツオとマヨネーズ
今回、料理漫画史的にも妙に忘れがたい存在が登場します。カツオの刺身とマヨネーズです。「邪道」という先入観と、実際に食べた経験のどちらを重視するのか。『美味しんぼ』初期を通して繰り返される問題が、非常に分かりやすい形で現れています。
初期・海原雄山の不思議
この時期の雄山は猛烈に相手を否定する一方、最終的には相手の主張を理解し、自分の認識を更新することがあります。絶対的な美食家というより、山岡との衝突を通じて変化していく人物として見ることもできます。
富井副部長観察記
雄山が現れた瞬間、富井副部長は指をさして「海原雄山だ!」と叫びます。アニメ的な説明演出であると同時に、富井という人物の妙な社会性をよく表した場面でもあります。
「まったり」という味覚表現
栗田は鴨料理について「まったりとした」という表現を使います。現代では時間の過ごし方を表す意味が強くなった言葉ですが、当時の味覚表現の変遷を知るうえでも興味深い場面です。
美食倶楽部、まだ設定が固まっていない?
この時点では雄山の周囲に「秘書」が存在し、後のシリーズで重要になる中川もまだ前面には出てきません。山岡と美食倶楽部の距離感にも、後年とは異なる初期設定らしい揺れが見えます。
この回の見どころ
一見すると「フランス料理と日本料理のどちらが優れているか」という話に見えます。しかし問題は、伝統を守ることと料理を自由に楽しむことは両立するのか、というところにあります。
第10話「料理のルール」は、やや論点を散らかしながらも、「完成された料理とは何か」という境界線を山岡と雄山に争わせた回だと言えるでしょう。