第12話「ダシの秘密」
この回はどんな話?
第12話「ダシの秘密」は、表面上は「正しいダシの取り方」を扱った料理知識回です。
しかし、本当に重要なのはそこではありません。
この回で初めて、山岡士郎と海原雄山の親子関係が、現在の対立だけでなく、過去に何があったのかという形で具体的に描かれます。
料亭の料理を気に入らず、器を叩き落とす雄山。
その姿を見た山岡は、幼いころ、母親の料理に対して雄山が同じような行為をしていたことを思い出します。
さらに青年になった山岡は、その積年の怒りから、雄山の陶芸作品を自ら叩き割ります。
料理を巡る親子喧嘩ではありません。
この回では、「割る」という行為そのものが、親子関係の断絶を視覚化する記号として何度も反復されます。
そして最後には、山岡自身がコップを割り、その破片を道具として鰹節を削る。
「壊す」という行為が、今度は料理を作るために使われるのです。
ここが、第12話の少し面白いところです。
今回の重要ポイント
1|雄山を「究極のメニュー」に参加させたい大原社主
冒頭、大原社主は「究極のメニューを完璧なものにするためには、何としても海原雄山の協力が必要だ」と考えています。
少し前まで山岡に期待していたはずなのに、やはり雄山も欲しい。
戦力があるなら全部取る。
かなり大型補強型の経営者です。
しかし、この発想には『美味しんぼ』初期らしい矛盾があります。
山岡と雄山が激しく対立していることは知っている。
それでも、「究極のメニューのためなら二人とも使いたい」と考える。
大原社主にとって重要なのは家族の事情よりも企画の完成度です。
良く言えば大局的。
悪く言えば、かなり他人事です。
2|冒頭を走る救急車
アニメ版では、大原社主が雄山について語る社主室の窓の外を、一台の救急車が走っていきます。
原作にはない演出です。
一見すると意味のない背景描写ですが、その後の展開を考えると少し気になります。
雄山に料理を酷評され、何度も作り直しを命じられる料亭。
そこで問題になる花板。
冒頭の救急車を、後に起きる料理場の「異常事態」を予告する小さな不穏さとして読むこともできます。
もちろん断定はできません。
しかし、こういう説明のつかない一カットが残されているところに、アニメ版初期の演出の面白さがあります。
3|突然、過去を語り始める山岡
女将が泣いている理由を聞いた山岡は、そこで突然、自分の家庭について話し始めます。
普段の山岡は、自分の過去を積極的に説明する人物ではありません。
だからこそ、この独白はかなり目立ちます。
雄山が料理を投げ捨てる。
母が耐える。
その光景を子どもの山岡が見ている。
ここで、これまで「嫌な父親」「横暴な美食家」として描かれてきた雄山との関係に、家庭内の記憶という奥行きが加わります。
第12話は、父子対決の勝敗以上に、山岡がなぜ雄山をここまで憎むのかを初めて映像として刻み込んだ回と見ることができます。
4|繰り返される「割る」
この回では、とにかく物が割れます。
雄山が料理の器を割る。
過去の雄山が家庭の食器を割る。
青年期の山岡が雄山の陶芸作品を割る。
そして現在の山岡が、コップを割る。
同じ「割る」でも意味は少しずつ違います。
雄山の「割る」は拒絶です。
山岡が雄山の作品を割るのは反抗です。
親子の間にあるものを物理的に壊し、関係を断絶させる行為でもあります。
ところが最後に山岡が割ったコップは、鰹節を削るための道具になります。
壊れたものが、料理を作るために使われる。
少しひねって見るなら、山岡は父との断絶から逃げるだけでなく、その断絶そのものを自分の技術へと変換し始めているとも読めます。
5|鰹節削り器から料理人を見る
厨房に入った山岡は、鰹節削り器の刃が傷んでいることに気づきます。
ここから山岡は、料理の味そのものではなく、厨房の管理状態へ視線を向けます。
道具の手入れが悪い。
つまり、弟子への指導や日々の仕事が行き届いていない。
料理人本人の腕だけではなく、厨房全体の文化を見るわけです。
これは『美味しんぼ』で何度も出てくる考え方です。
名人が一人いればよいのではない。
道具、弟子、仕込み、日々の管理まで含めて料理店の実力になる。
第12話の「ダシの秘密」は、材料の秘密であると同時に、仕事の仕方の秘密でもあります。
6|引き出し昆布
山岡が作った吸い物を口にした雄山は、すぐに異変に気づきます。
鰹節のダシ。
そして昆布。
雄山は、それが「引き出し昆布」の技法を使ったものだと見抜きます。
山岡は昆布を乱暴に洗わず、表面を整え、短時間で旨味を引き出します。
ここで重要なのは、山岡が雄山を言葉で論破するのではなく、料理そのものによって振り向かせることです。
雄山は山岡の料理だと知らずに評価する。
だから、その評価だけはごまかせません。
その後、「美食倶楽部の下っ端でもできる」と負け惜しみのような言葉を吐いて去っていくところまで含めて、初期雄山らしい場面です。
アニメ版ならではの見どころ
錦鯉の反復
料亭の池を泳ぐ錦鯉が何度か挿入されます。
雄山が料理を評価する場面では鯉が跳ねる。
さらに、池を泳ぐ大量の鯉から、街を走る大量の車へ切り替わる場面もあります。
単なる背景美術として見過ごせますが、群れから群れへつなぐ編集として見るとかなり面白い。
この回は、救急車や錦鯉など、原作の台詞や料理だけでは説明できない映像が妙に多い回でもあります。
時間軸が少し怪しい
栗田は冒頭で、「山岡と究極のメニューを担当してから三か月」と説明します。
ところが、これまでの話では季節が秋らしく描かれた回もありました。
しかも栗田はコート姿。
初期アニメでは原作エピソードの順番を組み替えているため、季節や経過時間にはかなり揺れがあります。
現在の連続ドラマの感覚で厳密な時間軸を追うと、少し異世界に入ります。
今回の料理・食材
- 鰹節
- 昆布
- 吸い物
- 魚の煮付け
- ダシ
今回の道具
- 鰹節削り器
- カンナ
- コップ
- 割れたガラス
この回の見どころ
第12話「ダシの秘密」は、ダシの技法を学ぶ回であると同時に、山岡家の過去が初めて大きく開かれる回です。
雄山が食器を割る。
山岡が雄山の作品を割る。
現在の山岡もコップを割る。
何度も繰り返される「割る」という動作を追うと、親子の断絶と、その断絶を抱えたまま料理を続ける山岡の姿が見えてきます。
料理の技術だけを見れば、鰹節と昆布の話です。
しかし物語として見るなら、
「壊れた親子関係から、山岡士郎という料理人がどう生まれたのか」
という回でもあります。